最近、阿部寛さんのことでいくつか記事を書いていたので、彼が出演している映画を調べていたところ、気になる作品があったので観てみました。
なぜ気になったのかというと、共演が樹木希林さんだったからです。
阿部寛と樹木希林…なにか面白い化学反応が起こる予感…。
しかも監督は是枝裕和さん。
きっとさらなる化学反応があるに違いない…。
そして…ありました、期待通り素敵な化学反応が!!
観終わった後、いちばん化学反応が起きていたのは、結局私の心でした。
自分と父、自分と母、そして今の自分……
なぜあのとき父はああ言ったのか、あのとき母は何を思っていたのか。
フラッシュバックするように、父と母の2つの愛が交わって、今の自分に優しく語りかけてくるのでした。
この映画の副題は「夢見た未来とちがう今を生きる、元家族の物語」
ちょっと切ない副題ですし、切ない気持ちにもなりましたが、なりたい自分になれていないすべての大人たちに贈る、海のように深く優しい愛の物語です。
【内容には多少のネタバレを含みます。未見の場合はご注意ください】
『海よりもまだ深く』感想~今の自分と重なる主人公
この映画の主人公は中年の売れない小説家で、彼と元妻、息子、そして団地で一人暮らしをする母親を中心に話が進んでいきます。
10年以上前にとある文学賞を受賞したものの、その後は鳴かず飛ばずで、取材と称して探偵事務所でアルバイトしながらなんとか食いつなぐ主人公。
そろそろ潮時じゃないかと周りに言われても、なかなか夢を諦められずにいる。
しかもギャンブル好きで別れた妻に月々の養育費を払うのにも苦労するありさま。
しまいには一人暮らしの母親のタンスから金目のものをあさりに来るという、要するにダメ人間な訳です。
私自身は子供はいませんが、それなりに夫婦仲良く暮らしています。ギャブルも特にやりません。母親に金をせびりに行ったりもしません。主人公とは性格は全く違うタイプてす。
それなのに、なぜかこの主人公に自分を重ねて見てしまうのです。
『海よりもまだ深く』感想~夢がなければ生きていけない、夢だけでは食べていけない
私自身の話で言えば、俳優の道を志した当初は親からは当然のように反対されました。
特に父親は絶対反対でした。
普段は温厚な父にここまで反対されるとは意外でした。
目立ちたがり屋だった私にとって、俳優は子供の頃からのぼんやりとした夢でした。
国語や作文が得意だった主人公も、きっと子供のころから小説家を夢見ていたのかもしれません。
男は夢を追いかけるロマンティスト、女は現実的なリアリスト、とよく言われますよね。
映画の中でも、別れた妻から「大人は愛だけじゃ生きていけない」と言われ、母親からは「どうして男は今を愛せないのかね」と言われる始末。
この、男はいつまでも夢見るロマンティストという構図、ちょっとませたイマドキの小学生なら「男って子供よね~」と言ってそうなものですが、でも、この言葉の本当の意味を実感するには、ある程度の年齢や経験が必要だと思うのです。
夢がなければ生きていけない、でも夢だけでは食べていけない、という言葉の本当の意味は、仕事、結婚、子育て、介護、そして家族の死…と、人生の節目節目で身に染みてくることだと思うからです。
例えば子供ができる前と後とでは同じ景色が違って見える、そんな感じでしょうか。
そして私がこの映画の主人公の中に自分を見つけたのも、まさに今、この年齢になった今だからこそだと思います。
なりたいと思っていた自分になれていない現実を目の当たりにしている主人公の中に、今の自分を見ているようで、少し息苦しくなりました。
劇中、高校生から
「あんたみたいな大人にだけはなりたくない」
と言われた主人公が
「そんなに簡単になりたい大人になれると思ったら大間違いだぞ」
と言うシーンがあるのですが
目の前にいるのはまさに何十年か前の自分なのです。
この「なりたい大人になるのは簡単じゃない」という感覚は、もしかしたら多くの大人に、仕事や男女関係なく共通する現実なのかもしれません。
そう考えると、普段は温厚な父が、俳優になりたいと言った私をなぜあれほど反対したのか、今の私にはなんとなく分かるような気がします。
私の父も、仕事では苦労の多い人生でしたので…。
『海よりもまだ深く』感想~海よりも深い母の愛
この映画のタイトル、「海よりもまだ深く」というのは、ある歌謡曲の歌詞の一部なのですが、ラジオから流れてくるこの曲を聴きながら、母親が「海よりも深く人を好きになったことなんてないけどね」と言うシーンがあります。
離婚し、仕事もうまくいかない息子に対して「それでも生きてるのよ、毎日楽しく」と語りかけます。
人生って複雑だなと言う息子に「単純よ。人生なんて単純」と。
母親にとっても単純じゃなかったはずの人生を、こんなはずじゃなかった人生を、それでも毎日楽しく生きてきた、そして今も毎日楽しく生き続けようとしている。
幸せって、何かを手放さなきゃ手に入れられないものなのよとさらりと言って息子にエールを送る。
そこには海よりも深く、優しく、強い愛で息子を包みこむ母の姿があるのです。
台風の夜、仏壇の線香立てを掃除する息子と、その姿をそっと見守る母。
亡くなった父に想いを馳せながらの息子と母との軽妙な会話は、まさに絶品です。
『海よりもまだ深く』感想~父と息子
この物語のもう一つの軸に、父と息子の関係があります。
父と息子って、母と息子とはまた違った独特の距離感があるように思います。
同士という感覚が強いというのでしょうか。
例えば母と娘は同性がゆえに何を考えているか分かるぶん、かえって喧嘩になる。
逆に父と息子は何を考えているか分かるからこそ、同士として結びつきが強くなる。
そんな感じがします。
そしてこの物語の中にもそんな場面が随所に出てきます。
例えば少年野球の試合で見逃し三振をした息子に対して、周りの大人は、どうしてバットを振らないの?振らなきゃ塁に出られないよと言うのですが、ただ見逃していたのではなく、フォアボールを狙ってバットを振らないでいたことを、父親だけはちゃんと分かっているのです。
父は息子に自分のDNAを見るのかもしれませんね。
そして同士だからこそ、父は息子を冒険に連れ出します。
女には分からない男だけの秘密基地へと連れ出すのです。
台風の夜に主人公と息子二人でこっそり家を抜け出して、近くの公園の遊具の中で語り合うシーンがあります。
主人公も、台風の夜、亡くなった父親に同じように連れてこられた場所です。
父から息子へ、そしてまたその息子へと、良いところも悪いところも丸ごと脈々とDNAが受け継がれていく。
この父と息子の関係には、母のそれとはまた違った愛を感じます。
母の愛がゆったりと深い海のように包みこむ愛ならば、父の愛は海の底のずっと奥から脈々と受け継がれるような愛。
この映画は、そんな二つの愛の形を感じさせてくれるのです。
『海よりもまだ深く』感想~至極のキャスト陣
それではここで、この映画を支えるキャストを紹介しましょう。
●主人公の売れない作家…阿部寛
シリアスからコメディーまで幅広く演じられる彼の魅力が十分味わえます。
その見た目とは裏腹に、なぜか情けない役が妙にはまりますよね。
「俺は大器晩成なんだよ」が口癖の主人公役ですが、「見た目は大器なんだけどね」と皆から突っ込まれる、それこそ観客も含めて総動員で突っ込みたくなる、そんな役を見事に作り込んでいます。
●母親…樹木希林
もうこの人以外考えられないといった配役。
飄飄とした中に、強さと優しさ、そして可愛いらしさ。
押しつけのない演技。
とにかく軽やか。
感情もポンポン流れていく。
すべてを受け入れているというか、俯瞰しているというか、だから強くて優しいのかな。
まさに海みたいな母親を実に見事に……いや、なんだか当たり前のように自然に演じていらっしゃいます。
●別れた元妻…真木よう子
強さの中に見せるもろさ、寂しさ。
愛だけじゃ生きていけないといいながらも、元夫の成功を誰よりも願っている、気にかけている、そんな微妙な心の揺れを、言葉少ない中にうまく表現しています。
余談ですが、私が彼女を最初に知ったのは『ゆれる』という映画だったと思います。
その時からなんともいえない存在感を感じています。
●息子…吉沢太陽
そして実はこの作品で私がもっとも心惹かれたのは息子役の吉沢太陽くん。
この映画で初めて彼を知ったのですが、是枝監督ってホントに子供を使うのが上手いですね。
「そして父になる」でも感じましたが、どうやってこういう子を見つけてくるんだろう…。
3秒で泣けます、みたいな俗に言う天才子役とは全然違います。
そもそも3秒で泣けるとか全然子供っぽくないし(笑)
3秒で泣けって言われても僕できないよ、っていうほうが全然子供を感じます。
吉沢太陽くんはまさにそんな感じ。
とにかく表情が自然。
それでいて子供なりの心の葛藤とか気遣いとかが繊細に表現されています。
カメラが回っていることを全く感じさせない演技力には脱帽です。
これも是枝監督の演出力なんだろうな~。
他にもリリー・フランキーや池松壮亮、橋爪功、小林聡美、ミッキー・カーチスなど、周りを固める出演者も魅力あふれる盤石の布陣といった感じです。
『海よりもまだ深く』感想~主題歌はハナレグミ「深呼吸」
鑑賞後、ハナレグミの主題歌に乗せてエンドレールが流れる中、いろんなことが今の自分と重なって、なんとも言えない息苦しさというか、呼吸が浅くなっているのを感じていました。
映画のラストカットは、元家族の4人とリンクするように台風で壊れた4本の傘が映し出されているのですが、その1本が今の自分と重なって、なんとも言えない気持ちになったのかもしれません。
またあとで知ったのですが、主題歌は「深呼吸」という曲でした。
このときの私は、とても深呼吸なんてできないよ、という感じでしたが、それでもやっぱり大きく息を吸って、前に進んでいかなきゃいけないなと思わせてくれる、そんな作品です。
途中で何度も停止ボタンを押してしまった。いっきに観ることなんてできなかった。もちろんつまらなかったからではない。あまりにも心をつかまれ、えぐられ、揺さぶられ、せつなくてせつなくてどうしようもない気持ちになってしまったからだ。[…]
『海よりもまだ深く』
2016年5月公開作品
原案・脚本・編集・監督 – 是枝裕和第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門出品作品
第26回フィルムズ・フロム・ザ・サウス映画祭(ノルウェー)でシルバー・ミラー賞(最高賞)15年前に文学賞を一度受賞したものの、その後は売れず、作家として成功する夢を追い続けている中年男性・良多。現在は生活費のため探偵事務所で働いているが、周囲にも自分にも「小説のための取材」だと言い訳していた。別れた妻・響子への未練を引きずっている良多は、彼女を「張り込み」して新しい恋人がいることを知りショックを受ける。ある日、団地で一人暮らしをしている母・淑子の家に集まった良多と響子と11歳の息子・真悟は、台風で帰れなくなり、ひと晩を共に過ごすことになる。(映画.comより抜粋)