途中で何度も停止ボタンを押してしまった。
いっきに観ることなんてできなかった。
もちろんつまらなかったからではない。
あまりにも心をつかまれ、えぐられ、揺さぶられ、せつなくてせつなくてどうしようもない気持ちになってしまったからだ。
私はこの作品をビデオで観ていた。
もし映画館で観ていたらどうしただろう。
途中で止めることはできない。
きっと得体の知れない何かに打ちのめされて、ぐったりと映画館を出たことだろう。
あなたに観てもらいたい作品かと問われれば、それはもちろんイエスなのだけど、でもこの「イエス」がすっと口から出てこない。
つらくて出てこない。
せつなくて出てこない。
涙があふれて出てこない。
とにかく、胸が張り裂けそうで、出てこないのだ。
どうしてだろう。
それはこの映画に、家族という「つながり」や「絆」とは真逆の、強烈な「孤独」を感じたからだった。
『万引き家族』感想 是枝監督が描く、貧しくとも温かな家族に潜む儚さ
監督は、これまでにも様々な家族のありようを描いてきた是枝裕和監督。
カンヌでのパルムドールをはじめ、国内外で数多くの賞を受賞した作品なのでご存じの方も多いだろう。
映画の宣伝に使われている、庭の縁側に笑顔で集まっている家族写真からは、貧しくとも仲の良い家族の雰囲気が伝わってくる。
映画の冒頭、いきなり父と息子で万引するシーンにはちょっとドキドキさせられるけど、見事な連携プレーで獲物をゲットする様子に、仲の良い親子の姿を見て取ることさえできる。
父と母、息子、娘、母の妹、そして祖母…。
高層ビルに囲まれて、花火大会の花火も音しか聞こえないような古い平屋の一軒家。それでも仲良くにぎやかに、小さなテーブルを囲んで鍋をつつく。
一見すると、貧しいけれど温かな家族…だけど、最初から感じる微妙な違和感、あやうさ、儚さ…
なぜ?
それは、この家族が、血のつながらない家族だからという理由だけではなかった。
『万引き家族』感想 家族の絆を求める登場人物の強烈な孤独感
「私はあんたを選んだんだよ」
それぞれの事情を抱えて、年金暮らしをする初江(樹木希林)のもとに集まった、偽りの家族。初江自身も、自分の年金目当てだということを知りながら偽家族を受け入れているのは、同じものを求めているからだ。
それは「家族の絆」。
虐待、DV、放棄、放置…家族の絆から見放された者たちが、絆を求めて寄り添って生きる。
「ふつうは親を選べないからね」
「自分で選んだほうが強いんじゃないの?」
「なにが?」
「絆よ。キズナ」
血がつながっているというだけで見向きもされない絆より、血はつながっていなくても自ら選んだ絆のほうがきっと強いはず…。
「私はあんたを選んだんだよ」
初枝が偽娘の信代(安藤サクラ)に語る言葉が、せつなくも静かに胸につき刺さる。
「好きだから叩くなんてウソ」
ただ、絆を求めれば求めるほど浮き彫りになってくるものもある。
それは「孤独」。
信代が、実の親から虐待を受けていた女の子(佐々木みゆ)を娘として育てる決心をしたとき、「好きだから叩くなんていうのはウソなんだよ。好きだったらこうするんだよ」と言ってギュッと抱きしめるシーン。
抱きしめている信代の表情は決して満たされることなく、強く抱きしめれば抱きしめるほど、かえって信代の表情に孤独が浮かび上がってくる。
それは、抱きしめているのが自分自身だからだ。
親からは「あんたなんか生まなきゃよかった」と言われて育ち、殺した元旦那にはDVを受けてきた彼女。「好きだから叩くなんてのはウソ」とは、女の子を通して自分自身に言っているのだ。
儚くてもいい、かりそめでもいい、家族の絆を求める彼女の強烈な孤独感に、胸が締めつけられる。
『万引き家族』感想 名前に隠された意味
家族の中で、本当の名前なのは初枝と亜紀(松岡茉優)だけ。
ただ、亜紀も風俗店で働くときの名前が別にある。源氏名のさやかは実の妹の名前だ。
両親からの愛情を一身に受ける妹に対し、ひとり家を出ても探してくれるどころか、世間体を気にして海外留学していることにされてしまっている自分。
妹のように両親からの愛情が欲しかった想いと、両親の愛情を奪われた妹に対する思いが交錯する。
父・治(リリー・フランキー)が付けた息子の名前・翔太(城桧吏)は、自分の本当の名前だし、信代が付けた娘の名前・凛は、昔、唯一自分の味方になってくれた友人の名前だ。そして自分たちは初枝の実の息子夫婦である治、信代として生きる。
自分を殺し、自分を託す。
認めたくない自分と認められたい自分。
自分の名前を付けた偽りの息子と、お父さんと呼ばれたい偽りの父。
救ってあげたい偽りの娘を通して、本当は自分が救われたい偽りの母。
十分に身勝手な話ではあるのだけど、それでもこの偽父母を憎めないのはなぜなのだろう。
皆、自分でない誰かとして生きる。
その名前には、願いや希望、救い、そして、どうしようもない心の傷が刻まれている。
『万引き家族』感想 万引き家族が盗んだ絆とは
万引き、誘拐、死体遺棄…犯罪でしかつながれなかった偽家族。
でもそこで暮らすのは人情味あふれる優しい人たちだ。
ただ少し不器用なだけ。
虐待されて、寒空の下で震えている幼女を見かねて連れ帰ってきてしまうのは、もちろん誘拐なのかもしれないけど、身勝手な行動だと簡単に非難できるだろうか。
もちろん他にも方法はあっただろう。
でも、血はつながっているけれど簡単に捨てられてしまう絆がある一方で、血はつながっていなくても、捨てられた絆を優しく拾い上げる人たちがいる。
この映画のキャチコピーは「盗んだのは、絆でした」
心に傷を持ち、強烈な孤独を味わってきた人だからこそ気が付くもの。
盗んででも手に入れたかったもの。
ただ、盗んだものは所詮盗んだものであり、いずれは返さなければならない。
結局は本当の親になれないことを思い知らされる。
「産めば母親になれるんですか」
捕まった信代が女性刑事(池脇千鶴)を問い詰める。
刑事は答える。
「でも、産まなきゃ母親になれないでしょう」
そしてこう続ける。
「子供たちはあなたのことをなんて呼んでましたか?ママ?お母さん?」
結局一度もお父さん、お母さんとは呼ばれることがなかった偽りの父と母。
なにも答えられず、ただ頷きながら涙で顔をぬぐう信代の姿に、心えぐられ、胸が張り裂けるのだった。
『万引き家族』感想 まとめ~是枝裕和監督が描く家族の絆と孤独の物語
この映画は、なにが正解でなにが不正解だと言っているわけではない。
監督自身も述べているが、家族とは何かと考える話でもあり、父親になりたかった男の話でもあり、少年の成長物語でもある。
それこそ観る人によって様々な視点で観ることができるだろう。
私にとっては「絆」と「孤独」という相反するものが、社会の矛盾とも重なって、それこそぐちゃぐちゃに絡み合って目の前に突きつけられた作品だった。
だから心をつかまれ、えぐられ、揺さぶられ、せつなくてせつなくてどうしようもない気持ちになってしまったのだった。
それでも、いやそれだからこそこの作品は、これからも繰り返し繰り返し観るべき作品なのだと強く思った。
ぜひあなたにも、ご自分の目と心で、観ていただきたい。
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最近、阿部寛さんのことでいくつか記事を書いていたので、彼が出演している映画を調べていたところ、気になる作品があったので観てみました。なぜ気になったのかというと、共演が樹木希林さんだったからです。阿部寛と樹木希林…なにか面白い[…]
『万引き家族』
2018年製作
配給:ギャガ
監督・脚本:是枝裕和東京の下町。高層マンションの谷間に取り残されたように建つ古い平屋に、家主である初枝の年金を目当てに、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀が暮らしていた。彼らは初枝の年金では足りない生活費を万引きで稼ぐという、社会の底辺にいるような一家だったが、いつも笑いが絶えない日々を送っている。そんなある冬の日、近所の団地の廊下で震えていた幼い女の子を見かねた治が家に連れ帰り、信代が娘として育てることに。そして、ある事件をきっかけに仲の良かった家族はバラバラになっていき、それぞれが抱える秘密や願いが明らかになっていく。(映画.comより抜粋)